Nov 11, 2008

事前に知っている極めた会員制リゾート施設が便利

今の時代は、複数のサービスが出回っています。そのため、誰も事前に漠然としたことは確認するというのが鉄則のように思っています。ファクボゴ安心できそうなものも、きちんと確認するようにしましょう​​。会員制リゾートの利用に関しても、使用後の代わりに使用する前に、施設についても知っておくと良いでしょう。今では、様々なスタイルの会員制リゾートがあるので。
海外旅行保険は、通常の保険よりもわかりにくい気がする。使う機会が、"海外旅行"と限られているからこそかもしれない。海外旅行保険が馴染みがドゥェルエヌンぐるぐる皆が海外旅行に行くようにする無理なのかもしれない。いつかもしかしたらそんな時代が来るかもしれないが、すぐではないだろうと思った。
 名古屋市は31日、路上生活者緊急一時宿泊施設「名城公園宿泊所」の入所者1284人分の個人情報がインターネット上に流出したと発表した。運営を委託した社会福祉法人有隣協会(本部・東京)の職員が、認識不足のまま安易にホームページ作成ソフトを使用したことが原因という。
 市保護課によると、流出したのは04年5月〜09年5月の入所者1284人の名前や性別、部屋番号と、09年5月8日に就労訓練事業に参加した30人の名前や配分金の額など。09年5月ごろから、ネット検索すれば閲覧できる状態になっていたとみられる。
 元入所者の行方を捜していた親族がネット上で情報を得て、市内の他の施設を訪ねたことから発覚した。有隣会は既にネット上から情報を消去した。市は該当者に謝罪するとしているが、退所直後の行き先を把握しているのは約400人にとどまる。【福島祥】

9月1日朝刊

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 ◇作業進まず無力感も 漁港の排水溝から泥出し
 土地勘があるはずだった。だが、目的地にはなかなかたどり着けなかった。
 岩手県陸前高田市の広田湾漁協へボランティアに向かう途中のことだ。4年ほど前、取材で訪れたことがある場所だった。行き方は覚えていた。だが、家や商店は砂煙を上げる土に変わり、目標物はなくなっていた。道路も砂利道で、どこを通ればいいのか分からない。方向感覚が失われ、Uターンを繰り返すたびに、胸が痛くなった。
 私は04年4月から5年間、盛岡支局に配属され、岩手県で取材をしていた。漁協の取材や津波で失われた高田松原海岸に海水浴に行ったりと、陸前高田には公私で何度も訪れた。震災以降、元県民として何かしたいと考えていた。7月末、夏休みを利用してボランティアという形でそれを実現させた。
 申し込んだ同市災害ボランティアセンターで紹介された作業は、民家の屋内の泥出しや掃除、庭の草刈り、漁港のがれきの撤去や泥出し、カキの養殖棚作りなど7カ所での作業だった。
 広田湾では、漁港内の排水溝にたまった泥を取り除くことが仕事だった。排水溝が詰まっていると、地盤沈下した漁港に海水が入ってきた時に冠水する。一日でも早く漁を再開してもらうために、がれきの撤去や泥出しなどはボランティアが担おうということだ。
 参加したのは30代から70代までの7人。バールで厚いコンクリートのふたを持ち上げ、泥をスコップで取り除く。午前10時から午後3時まで休憩を挟みながら続けたが、進んだ距離はわずか30メートルだった。漁協関係者には礼を言われたが、無力さを感じた。
 他のボランティアの人はどう思っているのだろうか。私以外は岩手に縁もゆかりもない人たちばかりだった。大阪や三重から車で来ている人もいた。「なかなか進まないですね」と水を向けると、三重県四日市市の40代の男性はうなずきながら、笑顔で語った。「東北に縁を作りたくてね。阪神大震災で被災した時にボランティアに助けられたから、今度は自分の番」
 この男性は「また来ようと思う」とも話した。この言葉に、08年6月に発生した岩手・宮城内陸地震の取材での出来事を思い出した。
 岩手県内で最も被害が大きかったのは一関市の山間部だった。市街地の被害は少なかったことから、市は風評被害を払拭(ふっしょく)するために復興をアピールした。だが、それが仮設住宅に住む被災者を傷つける結果となった。ある被災者男性は「私たちは見捨てられたみたい。忘れないでほしい」と訴えた。言葉を絞り出すこの男性の表情は、今も覚えている。
 作業を終え、高田松原海岸で残った一本松を眺めながら手を合わせた。「近いうちにまた来ます」。次は記者としてなのか、ボランティアなのかは分からない。どちらにせよ、継続することが私の役割ということに変わりないと思う。【中部報道センター・安田光高】

9月1日朝刊

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